雨が────降る。





ぽたり、ぽたり、と雨粒が葉に落ち、弾くそれは楽の音。

水を含み、重みを増したはずの狩衣を鮮やかに翻し、踏み出す。

手に扇。ゆったりと、澱みなく流れる動き。

音もなく空を裂く扇の先をひたと見つめる。

ふと、脳裏を掠める、影。



「…あか、ね……」

独り、当てもなく都を彷徨い歩く中、出逢った少女。

そうだ、あの時も雨が。

ならば今日も逢えるのだろうか。

同じ瞳を、同じ感情を宿した迷い子。

己の名も何者であるかも分からぬ、記憶のないわたしを、
優しく包み込んでくれるような、あの温かな……声。



呼んでもらいたい。そなたに、名を。




だが───。










「…ぁ、うあぁぁあああ…ッ…!!」


一瞬。痙攣が起き、バシャ…と濡れた地面に力なく両膝をつき、蹲る。扇が落ちる。

いたい。痛い。イタイ。頭が、体が、心が。全て、すべて。

左の頬が、焼けるように熱をもつ。

苦しさに意識が遠のき、視界が朧になっていく。


それでも、助けを求めるように。祈るように、叫ぶ。



「…っ……ぁか…ね…ッ!!」




あかね。そなたに、逢いたい───。

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