辟易する。



宴の席で一度や二度は必ず耳にする、ありきたりで陳腐な賛辞。
舞人の舞が見事なのは、それを生業とするからだというのに。

欲しいのは、そんな言葉じゃない。



「…少々過ぎてしまったようです。庭におりますゆえ」

コトリ、と盃を膳に戻し、尤もらしいことを口にして席を立つ。

こんなことは日常茶飯事。
義兄の呼び止める声にも振り返らず、障子の向こうに消える。

廂で控えていた女房にも同じように言えば、白湯を用意しましょうかと聞かれたが、
丁重に断った。酔ってなど、いないのだ。

ただ少し、一人になりたかった。

庭を見て回っていいか尋ね、階を下り沓を履く。



見事な庭だった。
紅葉が盛りを迎え始め、今宵の望月によく映えた。

玉砂利を踏みしめる音に混じり、談笑が聞こえる。

なぜ、分からぬ。
私は、舞うことだけを考えたいのだ。

ただ、「多 季史」という名を、存在を認めてもらいたいのだ。

義父に、義兄弟たちに。この都のすべての民に。



帝に召されての奉納舞。あの『斉陵王』を舞い切れば、我が名は永遠となるのだろうか。

ひらり、と舞い落ちた楓の葉に手をのばす。


喩えるならば。

扇が無ければ、この紅葉。鼓が無ければ、あの空に浮かぶ望月を。

真に必要なのは、ただこの身だけ。



天に翳す、紅の蝙蝠(かわほり)。



ただ、ただ蒼く輝く月と血の色を宿す紅葉のみぞ知る宴。



誰も知らぬ孤高の舞。



誰も悟らぬ恩讐の影。



歯車が、動き出す。




《了》

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