『誰よりも、僕を側においてくれる…?』
『……おまえがそう、望むなら…』

声が遠い。
すぐ側に、もう少し手を伸ばせば触れられる位置にいるのに。
こんなにも近くにいるのに。

信じていたものが足元から崩れていくのを感じた。
“永遠”を信じていたとでもいうのだろうか。
時を操る、この私が。

シヴァに腕を引かれ離れていく貴方の背中。
俯いた私を何度も振り返る、痛いほどの視線。

大丈夫。分かって、います。
仕方がない。そうでなければ、希望の箱の開放を阻止出来なかった。
貴方には頷く以外の選択は許されなかった。

分かっています。だから、どうか。お願いです。

もう私を、見ないで───。










「シン…ッ!」

少し汗ばんだ手が私の手首を掴んだ。
呼吸が荒い。私も、貴方も。

ユダが追いかけてきた理由は分かり切っていた。

「…何故逃げる、シン」

ここ数日、ろくに話していない。
宣言通りユダはシヴァに四六時中張り付かれ、会ったとしても本当に挨拶程度しか交わしていないのだ。
何よりシヴァがユダとシンが話すのを嫌がる。
切り札は「ユダは僕を選んだんだ」と言い、そのままユダとどこかへ行ってしまう。
私は何も、言えなかった。

だから、逃げた。
ユダから。シヴァから。
もう、嫌だった。見ていたくなかった。

でも、一番嫌なのは───。


「離してください…」

腕を開放させようと引くが、ユダはそれを許さなかった。

「駄目だ。おれの質問に答えていない。」

手首を掴む力が強くなる。
私に触れないで。そんな瞳で見ないで。
こんな醜い、私を。

「離して…っ!!」
「…ッ…!」

力任せに振り上げた腕がユダの頬を掠める。
爪で傷つけてしまったのだろう、頬に一筋赤い線が浮かんだ。

「シン…」

気にした風もなく、反射的に離れた私にユダの手が伸ばされたが、触れる前に一歩後退る。

「…すみません」

謝罪は逃げたことに対してか、それとも傷を負わせたことに対してか。
もう心の中がグチャグチャだった。

「もう、私に会わないでください…」
「な…っ」
「シヴァの側にいると約束されたでしょう…?」
「それは…!」
「もう…駄目なんです…
…貴方と、シヴァが共にいるのを見る度…私は」

知らず零れてしまった涙を乱暴に拭う。

「私…は、シヴァに嫉妬してしまう。醜いんです、私はもう…」

ユダの一番側にいるのは、隣にいるのは私。
ユダの想いを、愛をいただけるのは私。
“それ”は私のものなのに。なぜ。
頭は理解していても、心はそうもいかない。
憎しみが私の体を這い上がってくる。
あぁ、こんな私では側にいてはいけない。

「…だから、もう…」

刹那。

有無を言わせず、引き寄せられる体。

「そんなことっ!!おまえは…」

声が、直に肌を震わす。貴方の声も震えている。

「おまえは…おれの」

どうして、こんなにも優しい。

優しすぎる、貴方。

「…大切な、おれの恋人なんだ…」


身動きが取れないほど、きつく抱き竦められた中で交わした口付けは
今まで何度も交わした中で一番甘く、そして一番苦かった。


貴方は優しすぎる。


名残惜しげに離れていく貴方の後姿を見つめ、ひとつ溜息。

近くて遠い貴方の背中。

もう二度と、隣に並ぶことは叶わぬのでしょうか。

遠くて近い、愛しい、ただ一人の貴方。










《END》

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