※注:このSSは以前書いたSSの『優しい夜明け』(遙か〜舞一夜〜)
に至るまでの時間を遡った設定となっています。







龍神の神子
そなたがいれば舞殿に上がることができる

幻の舞・斉凌王を舞うことが…




バチバチと木の爆ぜる音と無数の火の粉が闇の静寂を乱す。


燃え盛る舞殿。

貴方が歩む度に広がるこの炎は、悲しみの炎。
貴方の悲しみを浄化しない限り、舞殿を焼き尽くす。


貴方の名前を知った。
貴方の過去を、知った。


念に飲み込まれ、姿を変えた貴方を見ても、貴方に触れて、その膨大な念に精神が耐えきれず崩れるように倒れてしまっても、私には不思議と恐怖は湧かなかった。


ただ哀しかった。
私が神子であり、貴方が怨霊であることが。

どうしようもなく哀しかった。



もう一度、貴方に触れたい。
ちゃんと、貴方の苦しみを浄化したい。



もう、起き上がるのがやっとだったけれど。
痺れて、感覚のない手で、そっと頬を包み込むように触れる。
僅かに震えた瞳に困惑の色が滲む。
やっぱり季史さんだと、迷子のような、頼りない心細げな、そんな瞳。


浮かび上がった禍々しいほど赤い、その痣に触れる。

あぁ、涙の形だね。



淋しかったね、季史さん。


でも、もう、大丈夫。大丈夫だよ。


ひとりじゃないよ。




私が、一緒にいるから。





私の内に眠る神気で季史さんが本来の姿に戻っていく。


深い紅の髪。蒼天の瞳。



背の高い季史さんを抱きしめるのは少し無理だったのかな。


泣き笑いの顔で季史さんが屈んでくれる。




すべての哀しみを燃え尽くすが如く火柱が高く、天高く舞い上がる。


八葉のみんなの声が聞こえる。


「…季史さん…、私…側にいるよ…」
「……あか、ね…」



真っ白な龍神の気に私も季史さんも包まれる。




さらさらと射千玉の天から銀の光。




淋しさを拭う、優しい雨が降る───。

















跡形もなく、焼け崩れた舞殿。


音もなく降り注いだ雨がゆっくりとあがる。
雲間から覗く青空は、季史さんの瞳と同じ色。


「…季史さん…?」

隣にいない。彼だけが。
どうして、だって私。


一緒にいると約束した。


「季史さんッ!!」


髪を振り乱し、辺りを探す。


八葉のみんなは何か叫んでいたけれど。聞こえない。もう、何も。


季史さん。季史さん!!



『…あか…ね』


滲む視界に入ったのは、階(きざはし)に落ちた舞扇。



「…季史…さ…?」


声が、した。震える指で扇を手にする。




……ここにいるの……?






[続→SS:優しい夜明け]

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